芥川龍之介の河童に伴う徒然なるうろんな思考、駄文、乱文、散文

大学の友人と芥川龍之介の『河童』を課題図書として読書感想文を書きましたので掲載します。

 

 

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芥川龍之介の河童、と聞くと河城にとりを思い出す。
河城にとりというのは東方projectに出てくる河童のキャラだ。東方project(以下東方)というのは皆さんご存知かつてオタクに大ブームを巻き起こした同人ゲームだ。にとりの出てくるステージのBGMのタイトルが『芥川龍之介の河童』であり、三拍子調の特に人気の曲ではなかったか。
私にとって東方は、なかなかに思い出深いものである。
私たちが中学生のころ、ニコニコ動画は黎明期を迎えていた。東方ブームはこの、フラッシュに連なる希代の動画ブームに乗っかるような形で巻き起こったのではなかろうか。なんせ曲が良かった、東方に入った人間の多くはBGMのアレンジ音楽から入ったと思う。私も、屈指の人気曲「U.N・オーエンは彼女なのか」のアレンジボーカル曲から東方を知った。
当時私の友人にオタクとしての発育がはやい子がいた。彼女は、中学生には敷居の高い『とらのあな』で東方の原作を手に入れ、私たちにやらせてくれた。きまって、定期テストのあとだった。午前で授業が終わるので、そのまま食堂に行き小さな小さなノートパソコンで指を縮こまらせながらみんなで交代ごうたいに遊んだものだ。翌日のテストの勉強なんてやりもしなかった。やれよという感じだが、あいにく私は地頭がよかった。
誰かがプレイしている時、その周囲では、ポケモンブラック・ホワイトで協力プレイをしたり、あるいはお絵かきをしたりしていた。懐かしい、懐かしい……。
少しくすんでいるが、青春、に近しいものだったのだと思う。ああ、楽しかったなあ、あのころはよかった……。

さて皆様、こいつ全然読書の感想を書かねえなと思ったかもしれない。
さもありなん、私はたった今青空文庫で『河童』のページを開き、スクロールバーの小ささに「なっっっっっげ」と言って閉じたところである。読まねばならぬ。男Vtuber二人のゲーム実況を見てる場合ではない。あ、待って、今キッスしましたよね?視聴者には隠せませんよ。
わかった、読む、読むよ。
とりあえずさわりだけでも読んでみよう。

……

読んだ。
狂人の語り、という形らしい。狂人はいい。人を傷つけないかぎりは。
最近気付いた自分の癖なのだが、プリパラをはじめとする女児向けアニメで思考が狂ったハタチそこそこのTwitter上の女の子が私は好きだ。ピンとくるか?来ないよな。そういう子はだいたい僕っ子で、塩対応に見えて人懐こく、そこはかとなくメンヘラで、カルトにハマった人間特有の妙な思考の冷めを持っておりたいそう可愛らしい。かわいい写真をアップしたときに「かわいいね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」とリプしたら「うるさくて草」などと返されると、そのくせ「○○さん(私)は写真あげるとリプくれるからかなりすき」とかエアリプ(※本人に@つきでではなく、タイムラインに流すような返信)されると、もう、メロメロになってしまう。
共感性の低いことを言ってしまったが、それらしく纏めるならば、『ひとと違う視点を持つひと』、というのはどうにも惹かれるものがあるということです。エモい、じゃないか。話し終えた途端にブチギレるの、まさにエモーショナルでしょ。

……二まで
このような書き方をしてもいいものでせうか。とはいえ、私も活字を読まなくなつて久しいので、長い文章を一度に読んだり書いたりするのに、大層な難儀をするのです。
なるほど、ファンタジー的だなあ。少し予想外のところである。今風にいえば異世界召喚なんじゃないか、これ。
異世界に行く話は古今に多数あれど、向こう側の文化に触れ、学ぶくだりが好きだ。ステータスが上がるシーンというか。言葉を覚えるシーンとかくどいくらいに書いてほしい。『大草原の小さな家』で家を建てたり、保存食を作ったり、生活レベルを上げていくシーンが本当に好きでそれ以降はあんまりだったことを思いだす。
そういう人は多いんじゃないか?Dr.stoneというなかなか売れてるジャンプの漫画があるのだが、あれに抱く感情も似たようなものだ。進化・変化という概念の面白さよ。我々は進化しなくなって久しい。
しかし、芥川龍之介の文章は読みやすいな。この時代の文豪特有の、キャラクターと作者の自我が入り混じるような語り口はよい。私は太宰治が好きだ。回りっくどい文章に妙なエロスがある。うつくしい。それに気付いたのは数ヶ月前なのだが、知り合いに「太宰治めっちゃ文章うまいね……」と日本にわかをさらしまくってしまった。こんなに文章うまいならそのうち教科書にも乗ると思うよ。

閑話休題

……六まで。
私事だが、おねショタ(おねえさんとショタの恋愛関係のこと)が好きだ。それと同じくらいにクソ女が好きだ。言葉が悪いな、性悪、悪女、ファムファタル、とか言おうか。その奔放さで悪気なく男を振り回す美しき人が好きだ。なので河童の習性にテンションがあがりました。以上です。

ああ、キャラクターが多い。
トツクって誰だっけなあ。クラバツクとロツクは世が世ならTwitterで「絶対付き合ってる。裏でセックスしてる。」って言われている。
私がトツクだと思ってたのがラツプだった。
あ。
トツクが死んだ。


読了


ここに至ってやけに展開が急だなと思われるかもしれないが、後半の難しいところをすっ飛ばしたせいだ。新聞のくだりとかよくわかんなかったんだもん。てへへ。
さて、これは感想文なので最後に総括としての感想を述べよう。
割と面白かったな~。
そういえば、私は文章からなにか知見を得ることがすこぶる苦手だった。事実しか追えないのだ。自己啓発本とか読めたもんじゃない。やめろ、書物のくせに私を啓発するな。
とはいえ、なんだ、それらしいことを述べることも出来るのだ。狂人の視点から河童の国という可笑しな異世界を描くことで、逆に今いる私たちの世界の正気度を問うているのだと思いました……。
でもこんなん感想じゃなくて後付けのありきたりな考察だし。答え合わせがてらWikipedia見たらほぼ同じこと書いてあった。そんな言葉にどれだけの意味があるのか。
私に言えることは少ない。旧仮名遣い故の不思議な単語の響きは好き、時折混ざる河童語はやはりリアリティがあって面白いよね、個性豊かな河童のやり取りは読みやすいなあ、職工を食うくだりは淡々と狂っていて好き、「夜目にも白じらと流れる嘔吐(へど)を」この一文綺麗、あっさりと地上に帰るのは淡々と国が滅ぶみたいだなあ、終章でこれまでの事細かな話が狂人の戯言として畳まれる演出、イイネ!そんなところだろうか。
これだって無理矢理ほじくりかえしたような感情だ、私の読み終わって一番の感想は「割と面白かったな~」というふんわりとしたもので終わる。その9文字を頑張って、頑張って膨らますために、わざわざ関係のない話をたくさんしているのだ。

でも、よくよく考えたら、示唆とか抜きにこの話が面白いのってすごくないか。調べてみたら今から90年前の作品らしい。
90年!
90年前のものが今でもきちんと面白いのだ。私たちは遠く、遠く過去を振り返るが彼らはたやすく私たちに追いついてくる。そう簡単に過去に置いていけるものか。

かつて、という単語を私は冒頭でいくつか用いた。
それらは過去だろうか?
私に東方を貸してくれた友人とは、ついこの前食事に行った(夏コミの折に、界隈では有名な愛昧亭うまみ先生という人のふたなり女子×男のエロ同人のおつかいを頼んでいたからだ)(黒ギャルものが大層良かったです)。そこで、今なお東方で同人誌を出している人の話をした。少なからずいるのだ。世界は滅んでなどいない。
東方の新作は8月に出たばかりらしい。次はまた冬コミで出るのだろう。12月は未来だ。
昔はよかった、などと人々は言う。けれど今だって何も変わってなくて、私たちの視界が狭くなっただけだったりする。
進化を忘れた私たちはかつてと連綿とつづいていくのだ。

エロと長編が書けない

腐女子なので推してる男と推してる男がイチャイチャする小説もどきなどをしばしば書く。

 

自分の書く文章がまあまあ好きだ。情景描写とか人物の描写に、推してる男のいる光景を美しく描いてやる……!という執念が見えて良い。オタクなので。

ネットに小説をアップすれば私からすれば十分すぎるくらいの人に読んでもらえて、有難いことにあなたの文が好きですとコメントをいただけることもある。

書き上がった小説は死ぬほど読み返して自画自賛するが、上手かと言われるとそうでもない。偏差値55、くらいだと思っている。陳腐な表現、指示語の多用、展開の荒さが目立つ。

いや、本当はそんなこと問題じゃないな。

私は「エロ」と「長編」が書けない。

 

女性向け界隈において、「R18」というタグはそれだけでぴかぴかと輝いている。

エロはいい。なぜなら解釈が違っていても、ストーリーがなくても、推しがエッッッッッッッッチだったらだいたい有耶無耶になるからである。

そして、これは私見だけど、女性は男性より長編が多いと思う。女性向けは漫画が多いが、男性向けは一枚絵が多い。なんでかはわかんないけど。

この二つを統合すると、女性向けで最強の作品が見えてくる。

 

「(それっぽいタイトル) 前編」 24581字

タグ [推しカプ名]* [R-18]* [続きを全裸待機] [ジャンル名をもじった腐向けタグ1000users入り] [涙で前が見えない] [続きを何卒・・・!] [1000点でも足りない]

キャプション 

ひょんなことからすれ違ってしまう二人の話。ちょっと無理矢理っぽい(後編はハッピーエンドになる予定です)

 

アアーーーー!!!!!!!!!(ついでに女性向けpixivタグあるあるを消化してしまいましたことをお詫びいたします)

 

こういう作品が来ると、私は「アッ来やがったな」と思ってしまう。おそるおそる読んで、めちゃくちゃエッチなのでアチャーっと額を抑える。これだけの分量を書く人はだいたい文章もうまい。タイムラインを見に行く。〇〇さんの新作上がってる!!!とみんな喜んでる。

やめろ、やめろ、やめてくれ、そんなんされたら絶対勝てない。

こんなふうに言ったら勝つために二次創作やってんのかと思われるかもしれないが、全くの否定はできない。勝つのが目的ではないけど、目標ではある。

私は誰より文章が上手くなりたい。万人に私の考えた最強のお話が届いて欲しい。私が作品を上げるだけで知らないどこかのタイムラインがざわついてほしい。気まぐれに、普段書かないジャンルにぽんっと大作を投げて界隈を蹂躙したい。

でも書けない。私にはそれをするだけの力がない。私に書けないものを書けるその人を、本当にすごいと思う。

私だって、書きたかった。

評価されるために書いてる訳では無い。書きたくて書いてる、それは本当。でも書きたくて書いたものが評価される世界であればそれが最高じゃん。私の書いた2000字のポエム崩れが持て囃されればいいのに!!!!!!

私は劣等感とプライドで出来ている。

 

こういうドロドロしたことを考えていると、オタク失格だなと自分で思う。文章がうまい人は、大体人の作品を上手に褒める。自分で書くより人の作品が読みたい!と楽しく仰られる。人のが見られるなら自分で書く必要ないのに、とか。

眩しい。

私は自分の矮小さに気付かされ、もう一度悶々とする。オタクをやるのは本当に楽しいのだけど、自分は性格が終わっているのだ。

こんなこと考えてるから、ろくな作品がかけやしないのだ。そのとおり!はやく解脱したい。

このどうしようもない感情を抜け出せたら、もう少し真っ当なオタクになれる気がする。

 

 じゃあそのためになんか努力してんのかって?なんもしてねえわバーーカ、だからカスなんだよ、この話終わり!!!!!!!!!!!!!!!!!!はあ……

「体重」に関して私は言いたいことがある

体重、という概念がある。

知らない人のために説明すると、生き物、今回の場合は人間の重さのことを指し、これが多すぎたり少なすぎると良くないとされている。

これについて思うことがある。もっと端的にいうと、モヤモヤすることがある。

といっても「『男性は女性の適正体重を知らない!』っていうツイートはよく見るけど、男性が女性の適正体重を見誤ってるツイートってあんま見ないよね」とか「『二次元の女の子の体重はおかしい!』というツイートをRTして『私これくらいだけどなー筋肉ないから……w』っていう女」とか、そういう話ではございません。もっと単純な話である。

 

人は体重を減らすために(Tips:体重が多いより少ないほうがいいとされる文化が存在する)ダイエットというものをしたりする。

私は消費カロリー>摂取カロリーなら問答無用で痩せるのではないか?とファミコン初期のダメージ計算式みたいな事を考えているのだが、どうやらそうではないらしい。もうちょっと複雑な、スーファミ後期くらいの計算式がそこにはあるのだろう。

でも、野菜とか豆腐とかササミとか、カロリー控えめのものを食べましょうねえという風潮がある。ローズクッキーなど以ての外だ。

カロリー、そう、カロリーである。

 

……カロリーって何?

 

食べ物にはカロリーというものがある。これがないと人は生きられないけど、取りすぎると太る。

でも、カロリーには(おそらく)重さがない。

???

さて、この世界には質量保存の法則というものがある。

ということは、だ。一キロの野菜を食べたら人の体重は一キロ増える。200gのステーキを食べたら200g体重が増える。

おや?後者の方がカロリーが高そうなのに前者の方が体重の増加が大きいぞ?これは一体どういうことなのだろうか。

モリモリ野菜を食べるよりも肉を食べよう。そうしよう。

……いや、待てこれがおかしいというのは感覚的になんとなく違うぞ。

 

よし、一つ仮説を思いついた。

野菜の方が体に吸収されずそのまま排泄される割合が多いから、肉の方が太るんだ!脂肪がつく、ってそういうことを指すんじゃないか?

……じゃあ、もしも。将来一滴で20000キロカロリー摂取できるようなウルトラハイパーパーフェクト栄養ドリンクが発明されたとする。

想像してみよう。食事という文化はなくなりみな毎朝一滴舌のうえにその液体を垂らすだけ。うわあ地獄。こんなディストピアはおそらくすぐに滅びてしまうので考えるのをやめよう。解散!

というわけにはいかないのでもう少しこの世界に留まっていただく。

女性の1日に必要なカロリーは、2000キロカロリーくらいらしい。明らかにカロリー過多だ。じゃあ、この世界の人々はどんどん肥え太っていくのか?

でも、1日1グラムくらいしか摂取してないのだ。太りようがない。だって質量保存の法則がある。月に30g、年に360gくらいは太るかもしれないけど。それなら摂取を週一にしてもいい。

そしたら、カロリーはきちんととってるのに太らない。

 

?????

 

こういうウルトラハイパーゴイスー栄養ドリンクは不可能だから、そもそもこの仮定が成り立たないのか?水を飲んだりするからそれをもとにして体重が増えるのか?そもそも、人がダイエットした時、その重量はどこに消えるんだ?寝て起きたら体重が減ってたりするのは何故?汗?汗だけでそんな減るの?運動したら体重減るのもおかしくないか?その体重はどこへ行ったんだ?カロリーって何?

わからない。考えれば考えるほどわからない。

あ~~っモヤモヤする~っ!

 

世の中にはこういう『感覚では受け入れてるけど、考え始めると理解できないこと』がたくさん転がっている。

 例えば目の前のパソコンの仕組みだってそうだ。0と1が云々、とかいうけどそもそもその入力ってどうなってるの?何がどうやって受け入れてるの?小さな妖精さんが中にいるんじゃないの?

多分ググれば解答は出てくるのだろう。Googleは世界で一番頭がいい、師の教えである。

でもなんとなく、それはしたくない。どういうことなんだろうと考えている時間も楽しいからだ。答えを知ってしまったら、そこで終わりだろう。

答えを知らない限り、目の前の機械の中に妖精さんがいる可能性は、潰えない。

 

 

ゼルダの伝説で自分の前世を知った

ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドをここ最近プレイしている。

面白い。

「面白い!!!!!!!!!」という感じではない。あくまで「面白い」くらいがしっくりくる。

体感20%くらいクリアしたところだが、幸いまだ飽きていない。ゲームを積むようになったのはいつからだろう。なんとかクリアくらいはしたい。

 

面白いポイントはいくつかある。んだと思う。

その一つは世間一般でいうところの「自由度の高さ」というやつだ。オープンワールドのゲームをプレイするのは初めてだが、マップがとにかく広い。明確な道標もない。

はえっちらおっちら草原を駆け巡り、あちこちに点在する祠をめぐっている。100以上も祠があると聞いて、ファミマくらいあるやんけ!!と思ったが、デイリーヤマザキくらいの頻度でしか見つからない。それくらい、マップの方が広い。

そういったマクロの自由度と同様、ミクロの行動の自由度も高い。いろんなことが出来る。それがとても楽しい。

なんというのだろう。

「まあ、そうなるよな!」の快感がある。

 

例えば。焚き火のそばにりんごを置くと、焼きリンゴになる。

まあ、そうなるよな!

馬の近くに人参を手にして近づくと、馬がその人参を食べる。

まあ、そうなるよな!!

松明を持って草むらに入っていくと、バンバン燃える。木製の箱も燃える。武器も燃える。

まあ、そうなるよな!!!

愛馬マーリン(オタクなので名前入力欄を見ると反射的に推しの名前を入れてしまう)諸共古代兵器のレーザーに巻き込まれ、マーリンが死んだ。

まあ、そうな…………マーリン!!!!!

 

こういうことだ。(次に捕まえた馬にマーリン2ごうと名付けた)

別に誰も「火のそばに食材を置いてみよう!焼きリンゴになって回復量が多くなるぞ!」なんて言っちゃくれないのだ。

でもゲームを始めて最初、木から林檎をゲットして、焚き火のそばに焼きリンゴが転がっているのを見たところでハッと気付く。頭の中に浮かんだ(おやおやおやあ~もしかしてこの焚き火で林檎が焼けちゃったり~?)がマジになった瞬間、私は声を上げて喜んだ。

この世界の常識は自分の頭の中の常識に寄り添ってくれている。こうなるとマニュアルはいらない。私の頭の中に二十余年かけて積み上げられたものがある。それを元に、あらゆる試みが産まれる。

 

この常識というのは、けして現実の物理法則に完全に則っている訳では無い。

料理に疎く先日「ひき肉 ミンチ 違い」で検索した私ではあるが(一緒だった)、林檎を直火で焼くだけで焼きリンゴにならないことは何となくわかる。

主人公のリンクくんは、握力がえげつないので、切り立った崖をどこまでだって登っていける。スタミナが切れかけても、崖の中腹でムシャムシャ飯を食えば回復する。

これは、明確に有り得んだろ。

でも不思議なことに「ちょっとの段差も越えられない主人公」よりよっぽどリアリティを感じないだろうか?ポケモンの主人公とか、その程度の段差なんとか登れ!と思ってしまう。

不思議!

このあたりはリアリティと快適さを自分の中で勝手にチューニングしているのかな、とも思う。だって結局のところ、私たちは現実でできないことがしたくてゲームをしているのだ。

その架空の世界が一歩こっちに歩み寄ってくれると、こっちからも一歩踏み込みやすくて、こんな歳でも夢中になれてしまうね。

とりあえず、厄災ガノンくらいはなんとか倒したいと思います。

 

 ……あ、タイトルにした私の前世だが、多分放火魔だと思う。気付いたらゲームのスクショが橙と赤一色になってたので。

神の言葉

何か宗教を信じていますかと言われると言葉に窮する。神はいると思いますか、と問われたならば「いるんじゃないですか」ないしは「いたらいいですね」と答える程度には、そういうものを信じている。けれど特定の宗教に傾倒している訳では無い。

ああ、典型的日本人。

高校はキリスト教系だった。毎朝朝礼がわりの礼拝に参加し、賛美歌を歌っていた。週に2回聖書の授業を受けた。主の祈りは今でもソラで唱えられる。天にまします我らの父よ……。

とはいえ宗教的に厳しい学校ではなかった。数学教師はどこぞの寺の住職で、驚く程に眠気を誘う声で図形の"合同"と"相似"を教えてくれた。敷地内に小さな神社があって、おいなり様タイプのなんがしかが祀られていた。信仰の自由とか多様性は重要だが、もう少し一貫性を持てと言いたくもなるものだ。

そういえば、聖書の先生はレゴに似ていた。

そういうわけで、自分が何教徒かわからない。一時期「空飛ぶスパゲティモンスター教徒ですw」とか言おうとしてた時期があったけど、普通にスベってるのでやめてよかった。

だが、こんな私も一度だけ神の言葉を聞いたことがある。

 

高3の冬だ。当時私はミスドばっか食っていた。 図書館の隣にあったので都合がよろしかったのだ。受験生の私はたいそう真面目な努力家だったので毎日図書館の自習室で開館から閉館まで勉強をしていた。偉い!すごい!未来の天才!(いまや真面目なだけで褒めてもらえる時期を過ぎてしまったので多めに褒めておきます)

13時をすぎ、お腹も空いた私はその日もミスドに向かった。窓際のカウンター席でドーナツを食っていると隣の席に一人の男性が座った。おじいちゃん、というくらいの歳の男性だ。

「貴女は幸せそうな顔でドーナツを食べますね」

穏やかな声だった。自慢じゃないがヘラヘラすることにかけては右に出る者がいない私なので、幸せそうな顔でドーナツを食べていたというのは事実だったのだと思う。私はヘラヘラしたまま「ッス」と答えた。ヘラヘラするのは得意だが、人と会話するのは下手だ。ただの浮ついた奴である。

話好きなのか、突然話し掛けてごめんなさいね、という空気を出しつつも彼は穏やかな声で話を続けた。身の上話のようなものだった。昔は教師をやってたんですよ……などと。

私は「はあ」「へえ」と相槌を打ちながら聞いた。コミュ障は相槌も下手だ。「すごいですね」すら長すぎる。六文字て。

奇妙な空間だった。高い陽が大きい窓を透過してトレイに光を落とす。冬に日差しは眩しいのに熱くない。いつしか私はドーナツを食べ終えて、彼は話を終えていた。

「最後まで話を聞いてくれてありがとう。貴女は優しい人だ」

 褒められて悪い気はしない。ただ一方的に話されるのを聞いていただけだし。私は「はは……いやぁ……」とヘラヘラした。

男性が穏やかに微笑む。

「でもその優しさがいずれ貴女の身を滅ぼすでしょう」

私は絶句した。

通りすがりの預言者はそれ以上の助言をくれず、すっと席を立って店を出た。私はその言葉を処理できないまま、トレイを片付けて自習室に戻った。

 

思い出は以上だ。

後にも先にも、こうもきっぱりと自身の終焉を予言されたことは無い。

あれから数年経つが、今のところ自分の身が滅ぼされそうな経験は幸いなことにない。健康体そのものだ。だけれども少しだけ追加で生きてみて、要領の良さこそがその人を救いうることを知った。優しいだけの人はどうしたって割を食う。これは真理だ。

今でも時折考える。

まだ、終焉の時が来ていないということなのだろうか。いつかその時が来るのか。それとも、私の性格が本当はちっとも優しくなんてないからなのだろうか。だとしたらあれは忠告だったのか?もっと強かにひねくれなさいと。

あるいは。

あれはただのヤバいジジイだったのだろうか。

 

君はテンミリオンを知っているか

テンミリオンというゲームをご存知だろうか?

 

多分この質問に「はい」と答える人は1%くらいだと思う。100人に1人、鳥取県に5000人くらいだ。

質問を変えよう。

 

シフトアップネットというサイトをご存知だろうか?

 

これなら5%くらいの人が「はい」と答えてくれるんじゃないだろうか。ダメ?じゃあリンク貼るから全員今からアクセスしてくれ。それでもっかい同じ質問するから。そしたら100%だな、ねっ!

 

http://www.shiftup.net/

 

見たね?

そうして大体、これがどういうサイトなのかご理解いただけたかと思う。あなたが想像したそれ以上でも、それ以下でもない。いや、少しだけ想像を超えるかな……というのは元ファンの欲目だ。今遊んだら2分で飽きる。

私がシフトアップネットに出会った時、ネットはまだピーガガーピゴーッの時代で、私は日曜の朝1時間だけインターネットができた。通信を切るとモデムに「タダイマノ ツウシンリョウ 100エン」みたいなことが表示されて、その度にパソコンの隣においてあるミッフィーちゃんの貯金箱にお小遣いから100円玉を入れた。まだ100円が大金だったので、二回に一回は入れるのをサボった。

当時はブラウザゲーム全盛期だったんじゃないかなと勝手に思う。スマホなんて当然ないし、無料でお手軽に遊べるゲームというのが新鮮だった。色んなサイトに足を運んだと思う。シフトアップネットは、ヤフーキッズのおすすめサイトの一つだった。

 

シフトアップネットの魅力の一つに、長く遊べるゲームがあるということが挙げられる。

私が手を伸ばせるブラウザゲームの多くは、いわゆるミニゲームとかパズル的なものが多く、その時一回きりのプレイが基本でセーブ機能はないものが多かった。

だが!シフトアップネットにはシミュレーションゲームが多数存在しており、なんとセーブが出来るのだ!画期的だ!そんな大作、タダで遊べてしまうなんて!

そのうちの一つが、最初に述べた『テンミリオン』である。

テンミリオンは、かなり面白いゲームだった。プレイしたことはないが、ファイヤーエムブレムとかが近いんだと思う。自分のターンになったら仲間を動かして、敵を攻撃する。全員が動き終わったら敵のターンになる……というオーソドックスなSLGだ。仲間は10人いて、それぞれに使える武器とか能力が違っていて戦略性もある。ほんの少しだけど、分岐もある。

ドハマリした。

その頃から、インターネット接続の音が静かになった。ネットに制限がなくなった私は休日に遊びまくった。このあたりから多分私の人生は"Cランク"に決定されたんだと思う。断言する。私の人生の方向性を決めたのはこのゲームである、と。

 

……正確に言うとこのゲーム自身は悪くない。

このゲームに併設されていた『小説掲示板』がぜーんぶ、悪い。

 

小説掲示板は読んで字のごとくテンミリオンに関する小説を投稿、連載する掲示板だ。いわゆる二次創作か、と言われると少し違う。先に述べたようにテンミリオンには10人の味方が登場するが、彼らにはほとんどキャラクターというものがなかった。仲間になる時に「俺もついていこう」とか「私も連れていって!」とか一言喋るだけ。 彼らには名前と容姿しかなかった。二次の土台となる一次がそもそもあやふやだったのだ。

でも、それが良かった。

みんな思い思いのキャラ像を描いて、物語を書いた。世界観すら自由自在で、テンミリオン本編に沿った冒険者を書く人もいたし、学園モノも大人気だった。魔王サイドを主人公にする人もいた。

勇者のブロントは陽気なリーダー扱いが多かった。赤髪ツインテールの魔法使いマゼンダは勝気なツンデレ娘、金髪僧侶のテミはおしとやか。最初敵として登場するクロウはクールな人気キャラだった……。

そんなお約束があれば逆張りもある。クロウがコテンパンにいじり倒される話は大ブームを巻き起こしたし、テミが腹黒という設定に至っては体感7割そうだったので、むしろそっちが順張りだった。

私はそこで初めて趣味の小説を書いた。地の文のほとんどないト書きだったから、小説とすら言えないのかもしれない。キャラクター達が宝石の力を使ってバトルする、みたいな内容だったのだが、投稿してすぐ恥ずかしくなって消してしまった。それから何度か投稿したがついぞ完成させことはなかった。当時の小説の何本かはまだ保存してあるが、慈しんでしまうほどに拙い。

 たくさんのことを学んだ。「!」「?」の後ろを一マス開けること、三点リーダとダッシュは偶数で使うこと、セリフの最後には句点を打たなくていいこと。ルファというキャラが「ゥファ!」と呼ばれて「そのままローマ字入力しないでください!」とツッコむギャグ小説の1シーンで「lu」で「ぅ」と打てるんだと知った。ネチケットも学んだ。タカミンエチャで描いてあった絵の上に上書きしてしまう罪も、その時初めて犯した。あの時はすいませんでした。

 

今思うと全てが拙い空間だったなと思う。

当時すごく好きな投稿者の女の子がいて、彼女が投稿する度「〇〇ちゃんの新作だ~^q^(鼻血(ぁ」なととコメントしていたのだが、今その作品を見てもその感情は生まれない。当時の彼女がたしか中学二年生で、今の私から見れば『若い子』を通り越して『ちいちゃい子』に見えてもおかしくないんじゃないかと思ってしまう。

レベルが低かったとは言わ……言わな……いや、言ってもいい。玉石混交、今読んでも面白い、上手だと思える作品もいっぱいあったとは思うが、今見ると失笑してしまうものが半分くらいだろう。

 

マゼンダ「ファイアー!」

スライム「ぴきー!」

ジルバ「ギャー!」

ブロント「ってジルバも燃えてるし!!!」

マゼンダ「間違えちゃった(てへ♪)」

ジルバ「早く回復してくれ!」

テミ「ジルバさん……うるさいですよ(にこっ)」

ブルース・ブロント「こわっ!?」

 

みたいなのがまかり通る世界だ(実際は作中にキャラのアイコンを挿入できたので、キャラ名ではなくアイコンが出る)。

でも、それが楽しかったんだよなあ。

あの場所は子供たちの楽園だった。レベルが低くて何が悪い。小説の書き方も知らない小学生が楽しくストーリーを紡いでいた、中学生がドヤ顔で出した小説に「描写がすごいです!」とコメントがついた。私はそんな世界が好きで、小説を書くのが好きになった。

今でもテンミリオンや各種掲示板は残っているけれども、正直な話とても過疎っている。今見に行ったら、偶然ここ数日投稿があったようだが、その前は20日ほど空いている。

まだ運営されてるだけマシだと言えばそうなのだが、かつての栄華は見る影もない。

 

ふと、Twitterで「テンミリオン」と検索したら未だに活動してる人がいた。

その人たちは「かつて好きだった人」が「今も好きな人」に移り変わった姿なのだろう。嬉しいけれども、ちょっとだけ寂しくもなった。10歳の子供がプロットもあらすじもなくハチャメチャ冒険譚を投稿することはないのかな。寂しさはちょっと優越感に近い。テンミリオン、めちゃくちゃ楽しかったからな!!!!!!!!!!これから先この経験をあなたは味わえません!!!!!!

なんて、考えたけど、多分今の子供たちには別の子供の楽園があるんだろうね。

どうかその楽園で楽しく遊んでくれ。10年以上経ったって、その思い出は消えないし、案外滅んでなかったりする。あの時の些細なことが私を形作ってる。あの時身についた長編投げ出し癖だけは、どっかに捨て置きたいけど。

 

PS 当時「もげら」という名前で「もげら」という小説を書いていた人、万が一この記事を見たらご連絡ください。

!!!!緊急発表 私の嫌いな女オタクベスト5!!!!

血の気の多い腐女子を生業にしている。

Twitterで気に食わない女オタク(腐女子じゃない場合もありうるのであえて広くこう呼ぶ)はとりあえずミュートしてリストにぶち込む。

ブロックをしないのはその女のツイートを見に行く時に一ステップ面倒が増えるからだ。嫌いなのに見に行くのか。当たり前だ。私は日に何度も嫌いな女オタクのツイートを見に行く。リプライまで含めてだ。

見に行って、嫌いだな~と思う。その『嫌い』は自分の正しさを補強する力になる。

今回は私の嫌いな女オタクの特徴(主にTwitter上)をランキング形式でまとめたので発表させてほしい。

 

第5位 顔文字がウザい

単純に疑問だけど、このご時世にTwitterで絵文字じゃなくて顔文字を使うオタク、いる?いるんだよな。

すべての顔文字がウザいわけではない。(`・ω・´)とかは私も使うし。可愛いだろ。こんなのはぜーんぜん許す。

( *´艸`)ムフフと(*/▽\*)キャッ、この二つが本当に嫌いだ。ウッゼ~~~と思う。

正確に言うと、この顔文字がだめな訳では無いのだと思う。この顔文字を使う女オタクとは99.8%話が合わないのだ。「受けちゃんのこんなエロい格好見たら攻めは……( *´艸`)」とか言い出すし。

あとこういう女はツイート中にやけに改行する傾向がある。ブログじゃねーぞ、一段落にまとめろ。

 

第4位 私の好きなオタクにクソリプを送る

これは死んでくれランキングだと最上位なのだが、嫌いかと言われると少し微妙だ。大体こういう人間って私とは無関係の「誰だお前」っていうアニメアイコンだし。

ただ、「クソリプが面倒なのでしばらくジャンル離れます」と大好きな作家が筆を置いた時の私の感情は察してほしい。これだよ(包丁の絵文字)

あと私の大好きな神絵師に親しくないのに急にタメ語でクソみてえなリプを送るやつも死んでくれ。「このあと攻めと……?」じゃねえんだよ。道徳を学んでからTwitterを始めろ。

 

第3位 そこそこメジャーなのに〇〇足りないもっと増えろ~><っていうやつ

自分の住んでるところを「ド田舎だな~~っ!!」って言われて許されるのはマジのド田舎に住んでる人間だけだろ。コンビニあるくせに田舎ぶってたらそれはイヤミになるんだよ、「郊外だな~~っ!!」くらいにしておけ。

あとそういう人間ほどちゃんと探してないんだよな。私とか私とか、私とかおるやろがい!あ、前に1回ブロックしたんだった……。

それは冗談として、書いてる人間がいるのに、ないない増えろ言うのはこれまで活動してきた人間に失礼だと思う。自分以外に一人いれば、そこに世界は生まれるだろう。

私もうっかりすると「〇〇少ないな~っ!」とか言いそうになる。自戒を込めての第3位だ。

マジで一人も同士がいない人は、泣いて喚いてもいいです。

 

第2位 解釈違いの腐女子

いや、原作読んだ?

よく地雷カプがなんだといわれるが、それよりも地雷たりうるのが解釈違いだと思う。地雷CPというのはそもそも口に入れないだろう。泥団子みたいなもんだ。

でも解釈違いというのは見た目だけは大好きなお菓子に似ている。見た目が、場合によっては香りや味まで精巧にお菓子を模した石鹸みたいなものだ。

「おっ、マカロンかな?」と思ってうっかり口にして、最悪飲み込んで、それからうえってなる。あるいは最後までそれが石鹸だと気付かない場合がある。その場合どうなるか?なんかわかんないけど体調悪いな……となる。見えてる地雷よりよっぽど厄介だ。

私の解釈は世界で一番正しい。

この生き方は楽しいし無敵だが、人の二次創作があらかた楽しめなくなるのでオススメはしない。だからその二人がイチャイチャしたら原作と齟齬が生じるだろーがッッッ7巻読んだ?読んでないなら貸すけど?

解釈違いの女オタクは最悪ブロックする。RTで回ってきたらやだし。でも私の作品は見て正しさを知ってほしいからブロック解除をしてしまう。

大嫌いだけど、第1位じゃないなと、この前気付いた。

 

 第1位 自分の解釈に自信ないやつ

さっき、私の解釈は世界で一番正しいと言った。

あれは嘘だ。この世界に正しい解釈なんてない。あるのは正しい原作とそれに群がるオタクだけだ。みんな間違ってる。

それでも自分を一番正しいと信じて創作するのがかっこいいオタクじゃないのか。 

私には、大好きな石鹸職人がいる。石鹸なのにめちゃくちゃ美味しそうだし、美味しいから食べてしまう。でもやっぱり、違うなあとなったりする。それでもまたつまんでしまう。そういう人は毎日たくさんの石鹸を楽しそうに作って、自分で美味しそうに食べている。だからこっちも食欲を刺激されてしまう。

同人誌は解釈の殴り合いとかいうけど、本気で殴られたら嫌いになんてなれない。

「私の解釈ってちょっと変わってるのかな( ̄▽ ̄;)」とかいう女オタクが、一番嫌いだ。この顔文字もムカつくし。

変わってると思うのはいい、一般的な趣味嗜好とどう考えても違う時はある。その時は「変わってるけどめっちゃ最高自分天才!!!」と言えばいいし、その解釈でバリバリ作品を作ればいい。話をすればいい、と思う。

 

 

ランキングは以上だ。

書いている間、嫌いな女オタクのことを思い出してイライラしたし、自分に当てはまってたらダサいなとハラハラもした。

オタクを続けるうちに性格が悪くなっていく。オタクは優しいとか充実してる、キラキラとか嘘だ。実写化とAKBを叩くオタクより、アイドルに楽しそうに声援を送るリア充の方が絶対性格がいい。

 

こんな私にも好きなオタクがいる。オタク呼ばわりするのは失礼だし、普段は先生と呼んでいる。

先生はこの世界で、少なくとも私の世界で一番文章が上手だ。Twitterでは自分の話なんてほとんどしないで、小説のネタとかキャラの日常のやり取りなどをずっと呟いている。

かっこいい。

そんな人だが『なにか日課はありますか』と質問があった時、先生は『煙草を1日に3本くらい吸います』と答えていて、好きだったのがもっと好きになってしまった。

そんなオタクになりたい。

でも私は今日も「電車遅れてる、クソ」などとつまんない呟きをしてしまう。まだ道は遠そうだ。