芥川龍之介の河童に伴う徒然なるうろんな思考、駄文、乱文、散文

大学の友人と芥川龍之介の『河童』を課題図書として読書感想文を書きましたので掲載します。

 

 

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芥川龍之介の河童、と聞くと河城にとりを思い出す。
河城にとりというのは東方projectに出てくる河童のキャラだ。東方project(以下東方)というのは皆さんご存知かつてオタクに大ブームを巻き起こした同人ゲームだ。にとりの出てくるステージのBGMのタイトルが『芥川龍之介の河童』であり、三拍子調の特に人気の曲ではなかったか。
私にとって東方は、なかなかに思い出深いものである。
私たちが中学生のころ、ニコニコ動画は黎明期を迎えていた。東方ブームはこの、フラッシュに連なる希代の動画ブームに乗っかるような形で巻き起こったのではなかろうか。なんせ曲が良かった、東方に入った人間の多くはBGMのアレンジ音楽から入ったと思う。私も、屈指の人気曲「U.N・オーエンは彼女なのか」のアレンジボーカル曲から東方を知った。
当時私の友人にオタクとしての発育がはやい子がいた。彼女は、中学生には敷居の高い『とらのあな』で東方の原作を手に入れ、私たちにやらせてくれた。きまって、定期テストのあとだった。午前で授業が終わるので、そのまま食堂に行き小さな小さなノートパソコンで指を縮こまらせながらみんなで交代ごうたいに遊んだものだ。翌日のテストの勉強なんてやりもしなかった。やれよという感じだが、あいにく私は地頭がよかった。
誰かがプレイしている時、その周囲では、ポケモンブラック・ホワイトで協力プレイをしたり、あるいはお絵かきをしたりしていた。懐かしい、懐かしい……。
少しくすんでいるが、青春、に近しいものだったのだと思う。ああ、楽しかったなあ、あのころはよかった……。

さて皆様、こいつ全然読書の感想を書かねえなと思ったかもしれない。
さもありなん、私はたった今青空文庫で『河童』のページを開き、スクロールバーの小ささに「なっっっっっげ」と言って閉じたところである。読まねばならぬ。男Vtuber二人のゲーム実況を見てる場合ではない。あ、待って、今キッスしましたよね?視聴者には隠せませんよ。
わかった、読む、読むよ。
とりあえずさわりだけでも読んでみよう。

……

読んだ。
狂人の語り、という形らしい。狂人はいい。人を傷つけないかぎりは。
最近気付いた自分の癖なのだが、プリパラをはじめとする女児向けアニメで思考が狂ったハタチそこそこのTwitter上の女の子が私は好きだ。ピンとくるか?来ないよな。そういう子はだいたい僕っ子で、塩対応に見えて人懐こく、そこはかとなくメンヘラで、カルトにハマった人間特有の妙な思考の冷めを持っておりたいそう可愛らしい。かわいい写真をアップしたときに「かわいいね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」とリプしたら「うるさくて草」などと返されると、そのくせ「○○さん(私)は写真あげるとリプくれるからかなりすき」とかエアリプ(※本人に@つきでではなく、タイムラインに流すような返信)されると、もう、メロメロになってしまう。
共感性の低いことを言ってしまったが、それらしく纏めるならば、『ひとと違う視点を持つひと』、というのはどうにも惹かれるものがあるということです。エモい、じゃないか。話し終えた途端にブチギレるの、まさにエモーショナルでしょ。

……二まで
このような書き方をしてもいいものでせうか。とはいえ、私も活字を読まなくなつて久しいので、長い文章を一度に読んだり書いたりするのに、大層な難儀をするのです。
なるほど、ファンタジー的だなあ。少し予想外のところである。今風にいえば異世界召喚なんじゃないか、これ。
異世界に行く話は古今に多数あれど、向こう側の文化に触れ、学ぶくだりが好きだ。ステータスが上がるシーンというか。言葉を覚えるシーンとかくどいくらいに書いてほしい。『大草原の小さな家』で家を建てたり、保存食を作ったり、生活レベルを上げていくシーンが本当に好きでそれ以降はあんまりだったことを思いだす。
そういう人は多いんじゃないか?Dr.stoneというなかなか売れてるジャンプの漫画があるのだが、あれに抱く感情も似たようなものだ。進化・変化という概念の面白さよ。我々は進化しなくなって久しい。
しかし、芥川龍之介の文章は読みやすいな。この時代の文豪特有の、キャラクターと作者の自我が入り混じるような語り口はよい。私は太宰治が好きだ。回りっくどい文章に妙なエロスがある。うつくしい。それに気付いたのは数ヶ月前なのだが、知り合いに「太宰治めっちゃ文章うまいね……」と日本にわかをさらしまくってしまった。こんなに文章うまいならそのうち教科書にも乗ると思うよ。

閑話休題

……六まで。
私事だが、おねショタ(おねえさんとショタの恋愛関係のこと)が好きだ。それと同じくらいにクソ女が好きだ。言葉が悪いな、性悪、悪女、ファムファタル、とか言おうか。その奔放さで悪気なく男を振り回す美しき人が好きだ。なので河童の習性にテンションがあがりました。以上です。

ああ、キャラクターが多い。
トツクって誰だっけなあ。クラバツクとロツクは世が世ならTwitterで「絶対付き合ってる。裏でセックスしてる。」って言われている。
私がトツクだと思ってたのがラツプだった。
あ。
トツクが死んだ。


読了


ここに至ってやけに展開が急だなと思われるかもしれないが、後半の難しいところをすっ飛ばしたせいだ。新聞のくだりとかよくわかんなかったんだもん。てへへ。
さて、これは感想文なので最後に総括としての感想を述べよう。
割と面白かったな~。
そういえば、私は文章からなにか知見を得ることがすこぶる苦手だった。事実しか追えないのだ。自己啓発本とか読めたもんじゃない。やめろ、書物のくせに私を啓発するな。
とはいえ、なんだ、それらしいことを述べることも出来るのだ。狂人の視点から河童の国という可笑しな異世界を描くことで、逆に今いる私たちの世界の正気度を問うているのだと思いました……。
でもこんなん感想じゃなくて後付けのありきたりな考察だし。答え合わせがてらWikipedia見たらほぼ同じこと書いてあった。そんな言葉にどれだけの意味があるのか。
私に言えることは少ない。旧仮名遣い故の不思議な単語の響きは好き、時折混ざる河童語はやはりリアリティがあって面白いよね、個性豊かな河童のやり取りは読みやすいなあ、職工を食うくだりは淡々と狂っていて好き、「夜目にも白じらと流れる嘔吐(へど)を」この一文綺麗、あっさりと地上に帰るのは淡々と国が滅ぶみたいだなあ、終章でこれまでの事細かな話が狂人の戯言として畳まれる演出、イイネ!そんなところだろうか。
これだって無理矢理ほじくりかえしたような感情だ、私の読み終わって一番の感想は「割と面白かったな~」というふんわりとしたもので終わる。その9文字を頑張って、頑張って膨らますために、わざわざ関係のない話をたくさんしているのだ。

でも、よくよく考えたら、示唆とか抜きにこの話が面白いのってすごくないか。調べてみたら今から90年前の作品らしい。
90年!
90年前のものが今でもきちんと面白いのだ。私たちは遠く、遠く過去を振り返るが彼らはたやすく私たちに追いついてくる。そう簡単に過去に置いていけるものか。

かつて、という単語を私は冒頭でいくつか用いた。
それらは過去だろうか?
私に東方を貸してくれた友人とは、ついこの前食事に行った(夏コミの折に、界隈では有名な愛昧亭うまみ先生という人のふたなり女子×男のエロ同人のおつかいを頼んでいたからだ)(黒ギャルものが大層良かったです)。そこで、今なお東方で同人誌を出している人の話をした。少なからずいるのだ。世界は滅んでなどいない。
東方の新作は8月に出たばかりらしい。次はまた冬コミで出るのだろう。12月は未来だ。
昔はよかった、などと人々は言う。けれど今だって何も変わってなくて、私たちの視界が狭くなっただけだったりする。
進化を忘れた私たちはかつてと連綿とつづいていくのだ。